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世の中ななめに眺めれば

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夏の日の午後

電車の中で新聞を読んでいる。揺れに身をまかせていると、心地よい眠りに引き込まれそうになる。
眼をこすっていると、一つの記事が目に止まった。
それは高校野球甲子園出場校の練習で、女子マネジャーがグラウンドに出ようとしたのを大会関係者から制止された、ということに関する甲子園高校野球実行委員会会長という人の談話だった。

「日本の高校野球は、米国のベースボールという球技とは全く異なるもので、伝統的な古式に則った神事であります。従いまして、神聖な球場は男子だけのものであり、『女子差別』などという概念が入り込む余地のないものです。
出場選手が全員丸刈りを要請されるのは、将来彼らはこの国の指導者と体制を護るべく人間の盾となることを期待されているために外なりません。
この大会はスポーツ大会などではなく、我が国にとってもっと大切な意味のある催しであることをご理解いただきたい。
ちなみに一言申し上げておきます。この大会の開会式では、地元市立西宮高校の女子生徒が代表都道府県のプラカードを持って、入場行進を先導いたします。女性がグラウンドに入ることになりますが、この開会式という行事は後援新聞社マターのものであり、当委員会はそれについて一切関知いたしておりません・・・」

ブレーキがかかり、肩先が隣の人に触れそうになってハッと目が覚めた。改めて今読んでいた記事を探したが見当たらない。件の記事はどうも夢だったらしい。よかった。
乗り過ごした感じだったので、電車が停まるとあわてて飛び降りたが、駅名表示を見ると、降りるべき駅を二つも過ぎていた。あ~あ。
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まあ、こんなもんでしょうね

都知事選挙はほぼ予想された結果に終わりましたが、都民のアレさ加減がよく出ています。慎太郎を10年以上も知事の座に置いておいた人々ですからね。
アッシには(都民でないから)かかわりないことでござんす、ではありますが。
こうなったからにはせめて、慎太郎がやったような日本国民や国の不利益になること、だけはしないでほしいと祈るのみです。

ここで突然ですが、対義語集です。

アンダーコントロール → オーバーカオス
お・も・て・な・し → う・ら・あ・り
自分探し → 他人隠し
南アルプスの天然水 → 北ピレネーの養殖油
スーパードライ → コンビニウェット
産地直送 → 消地継送
別売り → 同買い
社会の窓 → 理科の壁
関東甲信越 → 関西乙疑呉
人生に、文学を。 → 犬死に、農学を。
チョイワルオヤジ → チョベリバギャル
ボランティア義務化 → 懲役権利化
♪肴は炙ったイカでいい → ♪お菜が炒めたタコじゃいや
ポケモン(ポケットモンスター)GO → ジャンスピ(ジャンボスピリット)RETURN

対義語はこの後も続けます。






対義語集

以前の「マイナンバー」の記事で、いくつかの対義語を掲げましたが、今回はそのつづきです。しかしその前にお詫びが。

その時掲げた対義語のなかで、
「中国軍事パレード」の対義は「辺境民事スタンディング」
としていますが、「民事」は「民生」が正しかったです。民事なら刑事の対義になってしまいます。
「中国軍事パレード」→「辺境民生スタンディング」となるべきでした。

ここに謹んでお詫び申し上げ、堪忍どすえと言い、スマソとほざき、ゴメンネとささやき、アイムソーリーとしゃべり、ペルメッソと怒鳴り、わるいわるいと・・・(いつまでやっているのか、I could have continued all night ではありますが)ますと共に訂正させていただきます。

お詫びも済ませたところで今回の対義語です。

「草食男子」→「肉吐女親」
「個人の感想です」→「団体の断定です」
「無料お試しセット」→「有料本番ユニット」
「音楽に政治を持ち込むなよ」→「美術に経済を持ち込めよ」
「マツコ・デラックス」→「スギヲ・スタンダード」
「国民栄誉賞」→「国家衰毀罰」
「『国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない』森喜朗 東京五輪・パラリンピック組織委員会会長」→
「『家詞を唱えるような捨足は月端の埋没だ』木悲鬱 西鄙一軸・オルソリンピック散編総会平々」


またおもしろいのを考え付いたら発表します。









「物書き」

わたしはツィッターやフェイスブックなど、いわゆるSNSには手を染めていないのですけれど、他の方々がなさっているものは、ときどきのぞかせていただいています。

今朝もちょっと興味深い記事を見つけました。
ひとりの方が、作家〇〇氏に(好意的に)言及して「物書き〇〇・・・」とつぶやいているのに対し、別の方が概略次のように批判してらっしゃいました。
<「物書き」という表現はご本人がそのように言うことはあっても、他人が作家を「物書き」と言ってはいけない。それはやや軽蔑的な印象のある言葉であり、相手をこきおろすような場合に使うものだから>
これは批評者のおっしゃるとおりです。老大作家の先生でも「俺たち物書きは・・・」などと口にすることはあるでしょうが、だからといって弟子筋の人が「先生は物書きでいらっしゃるので・・・」などと言ったりすると、「馬鹿野郎、物書きとは何だ!」とぶっ飛ばされることは必定であります。

<名詞+動詞の連用形を名詞化したもの>で職業を表す言葉は、いずれもその職業をやや軽く見ているような感覚があります。「物書き」の他にもっと具体例をあげると、

金魚売り
煙突掃除(「掃除」は動詞の連用形ではないけれど、イ音で終わるので同様の効果がある)
画描き
月給取り
羊飼い
木こり

がすぐ思いつきます。他にもあるでしょう。
こういう職業を軽蔑感のないように言いかえるとどうなるか?

金魚売り→観賞用小型魚類等徒歩移動販売業者
煙突掃除→高所煙道等維持清掃技能員
画描き →創造的美術品等描画師
月給取り→所得全額被把握月極給与等受給者
羊飼い →有蹄哺乳類等遊牧監視員
木こり →山林巨木等伐採搬出専門員

こんな感じですね。

「物書き」は、
物書き →感興的創作文章等記述人

ということになります。




My number has come

私のところにもマイナンバーの通知が届きました。
英語でいうと、My number has come.であります。

先日、英語の辞書(「デイリーコンサイス英和・和英辞典 第4版」三省堂1990)でnumber の項を見ていたらこんな成句があることに気づきました。
one's number has come で「死ぬ時が来た」という意味だそうです。
one'sのところにはmy、your、his、her、its やour、their などが入るわけなので、my number has come は「私は死ぬ時が来た」ということになりますね。
もっと日本語的な言葉なら「お迎えが来た」ということになろうか、と。

いよいよ私もこれで終わりか。
私のみならず、日本人全員がMy number has come. という状態になっているか、もしくはこれからそうなります。

つまり日本国民全員「お迎えが来た」状態です。これでは日本人全滅じゃないの。

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